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古平町のアイヌ語地名メモ

最終更新: $Date: 2016/06/09 08:12:00 $

海岸線 時計回り

[地図画像]古平町海岸線地図 ポンチシ ヘロキカルシ 来群 トマリアサム カムイノカオマィ カムイ・シルパ 丸山岬 ポクサム 入船、弁財泊 カムイミンタル 港 カムイチセナイ オタニコル 浜 ポロペッ 古平川 メナシトマリ 沢江 アルゥトル オタスッ 歌棄 ソウシナイ チロノクシラル 立岩 ラルマニ 沖 セタカムイ セタカムイ岩 マタルクシ タンネペシ チャルセナイ チヤラツナイ岬

現在地松浦図*1西蝦夷日誌*2永田地名解*3アイヌ語/ローマ字表記意味備考
 ホロキウシポロキナウシポロ キナウシポロキナウシ大きい・キナ・群生する・所kina キナは多くの場合「蒲」を指すのだとか。 西蝦夷日誌では、美国郡にポロキナウシとポンキナウシの記述があり、位置関係がよくわからない。 積丹町と古平町の境界は厚苫岬を来群側に回り込んだ所のようなので、当時蒲はどの辺りに群生していたのでしょうね。
poro-kina-ushiporo-kina-us-i
蒲多き処
地図へ戻るホンチシホンチシポン チシポンチ小さい・立岩厚苫トンネル古平口の海岸線側旧道の脇にある岩でしょうか。
pon-chishipon-chis
小き立岩
地図へ戻る来群ヘロカルシヘロカルシヘロ カルシヘロキカルシ鰊を・採る・いつもする・所西蝦夷日誌には人家多しとあり、永田地名解には「往時より鯡の来群る処なり。今は来群村と称す」とある。
herok-karushiheroki-kar-us-i
鯡場
地図へ戻る トマリアサム トマリアサ泊地の・奥「北海道の地名(山田秀三著)」によれば、丸山岬の北側の根元の入江。
tomari-asam
地図へ戻る カムィノカマイ カムィノカオマィ神の・形が・ある・処「神の形」をどこに見出していたのだろう? 岩磯にある岩の姿だろうか? 「北海道の地名(山田秀三著)」の丸山の項に「上原地名孝が古平の名のもとと書いたのはここか。」とあるのは同書古平の項の上原説「フルビラ。夷語クルピラなり。則模様ある岩山という事。刃ピラとは模様亦は形などと申意。ピラとは崩けたる岩山の事にて、此海岸に雲形の有る岩山ある故地になる由。」を指しているようだ。 丸山岬の北壁の褶曲したような断層の崖の形象が上原さんの考えた古平の由来かもしれないという事らしい。
kamuy-noka-oma-i
  アツホウシ   アツホって何だろう? アッポ アッパ atpa なんだろう。
2015/10/03追記: 「at-hoasi 群来する・出崎」かな。群来するのは、鰊。鰊来群る崎。
地図へ戻る丸山岬カムイシレハカムエシリハカムイ シレパカムィシ{}パ神の・岬「北海道の地名(山田秀三著)」の丸山の項に「西蝦夷日誌は - 中略 - 此処丸山崎の鼻にして奇石怪岩畳々として神霊著しき由にて、木幣(イナウ)を立たり」とあるのですが、突き出している山の頭(シリパ)の形象がカムイ(熊)の頭であるという表現なのか、それともシリパの崎に神々が宿っているという表現なのか、どっちなんだろう。
kamui-shirepakamuy-sir-pa
神岬
地図へ戻る入船ホキシヤム {シャ}山の下の・そば(傍)永田地名解には「入船町と称す」とあり、また「北海道の地名(山田秀三著)」には「丸山の下・のそばという意味であったろう」とある。 ので、それに習う。
pok-sampok-sam{sham}
蔭ノ傍
  モヤサンモ ヤ サン  mo-ya-san 小さい・岸・へ下りる、で小さい坂という意味になるのかな。 来群と新地の間、丸山の付け根のコルを峠越えして下る。 2014/07/05追記: 古平町史によるとモイ・アサム(入江の底)なんだそうだ。moy-asam 入江の奥
2015/10/03追記: 「アイヌ語地名小辞典 p.62 moy-asam」の項によれば、モヤサと発音されるみたい。
mo-ya-san
小阪
地図へ戻る メメダレカムイ ミンダラカムィミンタ神の・庭カムイミンタ kamuy-mintar 神の・遊ぶ庭。永田地名解には「熊居る処を云ふ。和人訛りて耳垂(ミミダレ)或は垂比見(タレヒミ)と云ひしが今は湊町と称す」とある。 また「北海道の地名(山田秀三著)」には「他地の例では、カムイ・ミンタラは必ずしも熊の居場所ではなかった。 神様が来て遊ばれる広場で、神聖な場所だったらしい」とある。 永田地名解は西の河原のカムイ・ミンダラの項には「神の遊びし処」と書いている。
kamui-mindarakamuy-mintar
神庭
地図へ戻る ベンサイ泊カムイ チセ ナイ  永田地名解には「弁財天祠あり故に名く」とあるので、和人が入った後の世にそう呼ぶようになったのかな。
kamui-chise-nai
神社の沢
チョペタン川河口付近 チヨベタンチヨウ ピタン  永田地名解には「"チヨウ"は鍵にてアイヌ語にあらず。昔しアイヌ米倉の鍵を預りて開閉せしにより名くと云う」とある。 「北海道の地名(山田秀三著)」のペンケペタン川の項によれば、「petau はペッ・アウ (pet-au 川の・枝) の意で合流点のことであった。 訛ってペタヌ、ペタンの形でも呼ばれた」とあり、チ・オ・ペッアウ chi-o-petau (川が)自ら・ある(つくる)・二股。 ということもあり得るような気もします。 河口付近で川筋が変化し易い地形になってるというような理由があったとしたら、昔のチョペタン川筋はどうだったのでしょう? 古平川河口の鮭釣の風景を見てぶと思い付いた。 shipe-ichan シペ・イチャン(鮭の・産卵場)を早口で訛ってしゃべると、チペタンにならないかな。ならないか。 2014/07/05追記: 古平町史にはチャ・ペッ・コタン(淵・川・部落)、チャ・ペッ・タン(淵・川・こっちの)という語意が載っている。 チャ?
cho-pitan
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地図へ戻る浜町 ヲタニコロオタネ コロオタニコ崖と海に挟まれた狭い砂浜永田地名解には「今の濱中村」とある。 まだ古平町史を読んでいないのでわかりませんが、西蝦夷日誌には、上のチヨベタンとヲタニコロの間にフルビラ運上屋の記述があるので、美国運上屋もオタニコロにあったことを考慮するなら、古平もこの辺に運上屋があったのかな?
otane-koroota-nikor
砂浜
地図へ戻る古平川ホロヘホロベツ ポロペッ大きい・川西蝦夷日誌にはホロベツが「是則フルビラ川也」とある。 「古平」の由来には諸説ありますが、ひとつはカムイノカマイの項の上原熊次郎の説。 もう一つは西蝦夷日誌と永田地名解の「フ・ピラ hur-pira (丘の・崖)、フーレ・ピラ hure-pira (赤い・崖)」という説。
poro-pet
地図へ戻る沢江メナシトマリメナシ泊メナシ トマリメナトマリ東風(が吹いた時の)・泊地永田地名解には「今澤井村と称す」とある。
menashi-tomarimenas-tomari
東風泊
   シ ラッキ カムイ  法華澗の岩磯辺りなのかな。 永田地名解には「大なる石橋を二大岩の間に架けたる如き平岩あり。 神工なりとして此名を附したりしが、今此石橋崩れ墜ちて唯二大岩のみ並立せり」とある。 si-rutke-kamuy 大きい・崩れる・神、と解したのかな。 2014/07/05追記: 古平町史によるとモッコに似ていることからそれが訛って通称モツケ岩と言うらしい。
shi-ratki-kamui
神石橋
地図へ戻る  ハルトルアルト向こう側の・土地永田地名解には「アルトルと通音同義」とある。 「北海道の地名(山田秀三著)」によれば、ar-utor 向こう側の・側面。 岬山の向こうの土地という意なんだそうです。あの辺は眺めいいですもんね。小樽側の海岸線を指したのかな。
haruturuar-utor
彼方
  チヤシユマ   チヤシは chasi 砦だと思いますが、ユマがわからない。 素直に読めば chasi-yu-oma-i 砦に・湯・ある・処。でも、湯がピンとこない。 西蝦夷日誌にある地形の特徴は「大岩」。 沢江と歌棄との間の浜に近い尾根上にあったのかな。
  フルビラエ   西蝦夷日誌に書かれている地形の特徴は「崖」。 hur-pira-i 丘の・崖・処。hur-pira-etu 丘の・崖・鼻。「エ」って、なんだろう。
  ヒウチ川   西蝦夷日誌に書かれている地形の特徴は「滝川」。 滝川ならソーシュナイのような気がするのですが、日誌ではオタスツの手前なので歌棄川なのかな。 ヒウチ川のヒウチは和語ですよね?
地図へ戻る歌棄 ヲタスツオタ シュッオタスッ砂浜の・根元永田地名解には「歌棄村と称す」とある。 「北海道の地名(山田秀三著)」によれば、ota-sut は「たいてい砂浜からそろそろ岩磯地帯にかかる辺の地名であって、地形をいうならば"砂浜の・端"の場所である」という。
ota-shutota-sut
砂傍
地図へ戻る  ソー ウュ ナイソウ・ナィ滝の・ある・川永田地名解には「小浜なり」とある。歌棄から沖村へ抜けるトンネルの入口手前にある滝。
so-ush-naiso-us-nay
滝の川
   ウェネサン  永田地名解には「悪しき崎とも」とある。 wen-e-san だとして、san を山側から海側へ下ると解釈すれば坂になり、san を山側から海側へ流れ出ると解釈すると水が海に流れでているというニュアンスになるような。 この辺りの西蝦夷日誌の記述と永田地名解の記述との位置関係がわからないので、一時的にソーウシュナイとニヨトマリの間に置く。 2015/10/03追記: e-san 浜への降り口、岬。
wenesan
悪阪
   ホ アシ  永田地名解には「"オアシニ"と同義なりと云う」とある。 o-ashin 下側の方・出る、と解したのかな。でも地形の様を表すのに asin って使うかのかな? 西蝦夷日誌の「ウヲセ」や永田地名解「ホ ウシュ ベ」の項を踏まえるなら「ホ」と同じような訛りと考えられなくもないので wose-asin 狼・出る(現れる)と解釈することもできそう。わかりませんが。 この辺りの西蝦夷日誌の記述と永田地名解の記述との位置関係がわからないので、一時的にソーウシュナイとニヨトマリの間に置く。
2015/10/03追記: 「hoasi 出崎」
ho-ashi
出岬
 ニヨトマリニシヨトマリ   西蝦夷日誌には「岩磯」とある。 ニ・オ・トマリ ni-o-tomari 寄木・多い・泊、ニ・ウ・トマリ ni-us-tomari 樹木・群生する・泊。どっちだろう?
  ヲロクチャ   西蝦夷日誌には「湾有り」とある。 oro-kucha の所・丸小屋。なんか変だ。oro-kuchi-ya そこ・崖の・岸。うーん。
  フビツ石   西蝦夷日誌には「小石浜」とある。 フ・ピッ hum-pit 音・重い石 だろうか?
  ツルタフ   西蝦夷日誌には「小川」とある。
地図へ戻る立岩チロノフ チロノ シララ  永田地名解は チロノシラ chir-o-nok-sirar 鳥・多い・(鳥の)卵・岩、という解なのかな。 ゴメが営巣している岩の上に卵がある様なんでしょうね。
chironok-shirara
鳥卵岩
地図へ戻る沖村ラルマキラルマキラルマニ  永田地名解には「方言オンコと云う。此地のアイヌはラルマキに訛る。元禄郷帳ザルマキに訛る。 今沖村と云うはオンコより転じたる辞なり」とある。オンコというのはイチイのことで、ラマニ rarmani
rarumani
水松
 ホンラルマキ    ポン・ラマニ pon-rarmani ラルマニの後の言葉が省略されているような気がする。
 ヲヽセウヲセ   ウォーセ wose 狼。 当時はまだ蝦夷狼が生息していたんでしょうね。
地図へ戻るマタルクシマタロクシ   西蝦夷日誌にある地形の特徴には「屏風岩」とある。 素直に読めば mata-ru-kus 冬の・路・通る。 マタ・ル・ク どうも湯内への山越えの道だったみたいだ。
地図へ戻るセタカムイ岩カムイエトセタカモイ/カモイエトカムイ エドセタカムィ犬の・神カムイ・エトゥ kamuy-etu 神の・鼻。伝説の宿る岩。
kamui-etuseta-kamuy
神岬
   ホ ウュ ベ  永田地名解には「"ホ"は狼のことなりとアイヌ云う」とある。 ホは、ウェーセが訛ったものなのかな。ウォーセ・ウ・ペ wose-us-pe 狼・いる・処。 上のウヲセと同じところなのか、それとも別なのか。
ho-ush-be
狼居る処
地図へ戻るタンネヘツタンネヘシボタンネ ペシ  tanne-pes 長い・伝い。あるいは、長い・下。 pes- の後の言葉が分からないなあ。 西蝦夷日誌のタンネヘシボの「ボ」がなんなのか。 それとも pes には pok のような山の裾のや崖下の裾というニュアンス含まれているのかな?
tanne-peshi
長崖
地図へ戻るチヤラツナイエト/チヤラツナイチヤラセナイチャラセ ナイチャ{}セナィ滝・沢チヤラツナイエトの方はチャラツナイ岬のことなのかな。
charase-naicharse-nay
小瀑

川筋

川名松浦図*1西蝦夷日誌*2永田地名解*3アイヌ語/ローマ字表記意味備考
ラルマニ川(沖村川)筋ヲソウシラルマキソウシラルマキオソ ウュ ラルマニ  オ・ソ・ウ・ラルマニ o-so-us-rarmani 川尻に・滝の・ある・ラルマニ川。
oso-ush-rarumani
川尻に瀑ある水松川
  シュルク ウュ ラルマニ  スルク・ウ・ラマニ surku-us-rarmani トリカブトの子根・群生する・ラルマニ川。
shuruk-ush-rarumani
附子多き水松川
  シユマ チセイ ラルマニ  スマ{シュマ}・チセ・ラルマニ suma{shuma}-chise-rarmani 石の・家(洞穴)ある・ラルマニ川。
shuma-chisei-rarumani
石室ある水松川
メナシホンヘツメナシベツ メナペッ東の・川メナ・ポン・ペッ menas-pon-pet 東の・小さい・川。
menas-pet
シユンホンヘツシユンベツ {シュ}ペッ西の・川{シュ}・ポン・ペッ sum-pon-pet 西の・小さい・川。
sum{shum}-pet
シノマンラルマキシノマベツシノマン ラルマニシノマン・ラマニラルマニ川の最上流 
shinoman-rarumanisinoman-rarmani
水松川の水上
古平川筋松浦図、西蝦夷日誌: フルビラ川 順不同。
シユシユキナイシユシユケナイ ススキ(ケ)ナイ柳・採る(削る)・沢susu-ki-nay susu-ke-nay スス susu はヤナギの木。-ki, -ke は名詞に接尾して自動詞になるのだとか。支流の「ススキナイ川」なのかな。
susu-ki(ke)-nay
フウレメム  丘の・湧水mem は泉なのか、湧水なのか、それとも涌き水が池のようになっているのか、分からないので、取り敢えず水源と表記します。それと、hur ではなく hure 赤いという可能性もあります。
hur-mem
トフシシユイ    ・ウ・ス{シュ}・ィ top-us-sum-i 竹・群生する・西・処。とも読めそう。違うかもしれませんが。違うな。そもそも sum が西という意なのか、萎んだり萎びる(枯れた状態か?)なのかが分からない。
ヘンケメム  ペンケメ上流の・湧水上の「フウレメム」に対して上流という意味だとは思いますが、パンケとペンケの対になっていないのが解せないかな。うーむ。
penke-mem
ヲロンヘツヲロウエンベツ オロウェンペッその中が(それは)・悪い・川何が悪いのかという文脈は永田地名解の項オロウェンペッ参照
oro-wen-pet
リクシナイ  リクナィ高い所・ある・沢
rik-us-nay
ルウクシナイルールシナイ ルクナィ道が・通っている・沢六志内
ru-kus-nay
アヌンナイアヌンナイ   なんだろう。an-un-nay 夜・ある・沢、ar-un-nay 向こう側に・ついている・川。なんのこっちゃ。
 ヌツポロ ポロ野原・広い
nup-poro
 ケナシヲマフ ケナオマ河畔林・ある・処
kenas-oma-p
 二股   ペテウコピ peteukopi
 ルベシベ ルペ道が・下る・もの(沢)/峠道の沢「北海道の地名(山田秀三著)」の留辺志部の項によると「だいたいが山越え道路のある沢なので、峠道沢、あるいは峠道、の意味で使われてきた」のだとか。ということは、この沢伝いに山越えして神恵内側へ行くこともあったということなのか。沢縦走するなんて凄い。
ru-pes-pe
 ホリカフルビラ {}カフルビラ逆流する・古平川あたかも逆流しているかのように見える川。支流の泥ノ木川の上流に「サカサ沢」というのがありますが、それなのかな?
horka-hurubira
ハンケナシヲマレ  パンケケナオマレ下流側・河畔林・(位置する)ある・を持っている-re を持っている。re は文法大丈夫なのかな。おそらく、下流側の河畔林、のある沢という感じなんでしょうね。
panke-kenas-oma-re
ヘンケナシヲマレ  ペンケケナオマレ上流側・河畔林・(位置する)ある・を持っている-re を持っている。上流側の河畔林。のある沢。
penke-kenas-oma-re
ホロヘツ  ポロペッ大きい・川
poro-pet
イコウヘホロヘツ    i-kot-pe-poro-pet それ・窪み・持つ・大きい・川、かな。
シノマンフルヒラ  シノマンフルビラ古平川の最上流
sinoman-hurubira
永田地名解: 古平川
  シユーキナ ウュ ナイシキナウナィガマ・群生する・沢シキナウシ
shukina-ush-naisikina-us-nay
ニヨ草多き沢
  シユシユ ウュ ナイ松浦図・西蝦夷日誌:ススキナイ参照 永田地名解には「今ススキナイと訛る」とある。たとえ「ススキナイ」であったとしても susu-ki-nay susu-ke-nay 柳を・採る(削る)・沢、という意とも考えられるので訛りとは言えないような。
shushu-ush-nai
柳の沢
  ポイ シユシユ ウュ ナイ  永田地名解には「ポイシュツウシに訛る」とある。2015/10/03追記: pon はサ行の前では poy になるので訛りではない。 poy-susu-us-nay 小さい・{ヤナギ・群生する}・沢。
poi-shushu-ush-nai
柳の小沢
  オロ ウェン ペッ松浦図・西蝦夷日誌:オロウェンペッ参照 永田地名解には「直訳其所悪しき川、猛悪の熊居りしを以て名くと云」とある。川の状態が悪いのではなく、猛悪の熊というのが凄味を感じる。
oro-wen-pet
悪川
  ル オ クュ ナイ松浦図・西蝦夷日誌の項:ルクシナイ参照 永田地名解には「オは乗る義」とある。
ru-o-kush-nai
路を流る川
  アルン ナイ  永田地名解には「今アヌンナイと云う」とある。
ar-un-nai
彼方の川
  ポロ ペッ松浦図・西蝦夷日誌の項:ポロペッ参照 
poro-pet
大川
  パンケ ケナシ オマ ナイ松浦図・西蝦夷日誌の項:パンケケナシオマレ参照 
panke-kenashi-oma-nai
下林の川
  ペンケ ケナシ オマ ナイ松浦図・西蝦夷日誌の項:ペンケケナシオマレ参照 
penke-kenashi-oma-nai
上林の川
  ショー パロ ゴマ  永田地名解には「この地のアイヌは平磐をゴマと云う。カマの訛りなり」とある。so-par-kama 滝の・口の・平岩ということなのかな?
sho-paru-goma
滝口の平磐
  ショー パオ ゴマ  so-pa-oma-kama 滝の・上手に・ある・平岩。
sho-pa-o-goma
滝の上の平磐
  ピリカ ナイ  永田地名解には「川中美なり故に名く」とあり、pirka-nay 良い・沢、何が良いのか、それは美しいから。支流のピリカナイ沢がそうなのかな。
pirika-nai
美川
  ホロカ フーレ ピラ イ松浦図・西蝦夷日誌の項:ホリカフルビラ参照 
horoka-hure-pira-i
却流の赤崖
  シペッ エトコ  si-pet-etoko 大きい・川の・水源。「北海道の地名(山田秀三著)」によると、「etoko エトコは一番先の処の意で、川の場合には水源、水源の山のことをいった」のだとか。
shipet-etoko
本流の水源
  ラウシュ ナイ  永田地名解には「この地のアイヌ云うヲウシユナイはラウネナイに同じ。深川の意なりと。今暫く之れに従う」とある。「北海道の地名(山田秀三著)」によれば、ra-us-nay 低い処・にある・沢、川が低い処を流れている。つまり、両岸が高い処を流れているとも解することができるそうです。
raush-nai
深川
  ウェン ペシ  wen-pes-i 悪い・下り・処。pes には「づたいに」という意味があるので、永田地名解は崖伝いと解したのかな。
wen-peshi
悪崖
  ペンケ ナイ  
penke-nai
上の沢
  チカ セッ オマ ナイ  chikap-set-oma-nay 鳥の・巣・ある・沢。永田地名解には「鷲の巣多し故に名く」とある。
chikap-set-oma-nai
鳥巣沢
  レレコマ ナイ  永田地名解には「レレケオマナイの急言」とある。「北海道の地名(山田秀三著)」胆振地方レルコマベツ川によれば、「rerke-oma-nay (川の)向こう側に・ある(入っている)・沢」という意だそうだ。
rerek-oma-nai
向うに在る沢
  コッ ナイ  永田地名解には「ヌプキオッナイの急言」とある。nupki-ot-nay 濁り水・多い(ずいぶん)・沢。とても濁っている水が流れている沢という意なのかな。ひょっとして泥ノ木川のことなんだろうか?
nupkot-nai
濁りてある川

メモ用 - 現在の古平川筋地図

その他

鴨居木
古平町史によればカムイ・ニ、kamuy-ni(神の・木)の当字なのだとか。 かつては大木があった模様。

参考ページ:
*1) 松浦図: 東西蝦夷山川地理取調図 松浦武四郎 国立国会図書館デジタル化資料
*2) 西蝦夷日誌: 多気志楼版 近代デジタルライブラリー
*3) 永田地名解: 北海道蝦夷語地名解 永田方正著 近代デジタルライブラリー
uri *a) 北海道立図書館 - 北方資料デジタルライブラリー
  • 河野常吉資料 野帳
  • 北海道測量舎 1/5万分地形図
参考図書:
北海道の地名 山田秀三著 復刻版 草風館
アイヌ植物誌 福岡イト子著 草風館
アイヌ語入門 知里真志保著 復刻版 北海道出版企画センター
地名アイヌ語小辞典 知里真志保著 復刻版 北海道出版企画センター
古平町史1 古平町

$Id: AynuPlaceNames_FURUBIRA.html,v 1.2 2016/06/09 08:12:00 irikagi Exp $
更新履歴:
2016/06/09: スマホに対応させた。が、とても読みにくい。
2015/10/03: ファイル名変更。表記をアイヌ語入門に合わせ手直し。地図修正。修正前のファイル
2014/07/05: 細々追加と修正。
2013/12/07: リンク修正。参考ページ追加。
2013/11/30: 体裁変更。以前のもの。 海岸線の地図追加。地図地名は厳密なものではありません。
2012/11/10: 作成。