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古宇郡のアイヌ語地名メモ

最終更新: $Date: 2016/06/09 08:12:16 $

神恵内村

[地図画像]神恵内村 オハソマィ ポンノナマィ ポントマリ チプカリモシル 西ノ河原 オ・チシ、カムイミンタル シサモナィ イナオサキ オプカルウシ オブカル石 アネナイ、安内 ノッ ノット カムィイカウシ ルクシナイ カパルシラル、川白 鉞山 滝ノ沢 オネナイ オンネナイ 能蘭山 ウシオロ 珊内川 サンナイ 珊内 タンネピンナイ カムイシリパ 鹿落し、キナウシ岬 ピリカキナウシ キナウシ チカプニ ホッケマ フムルイ チャルセナィ フレシュマ 赤石 オンネナイ カムイナイ 長屋沢 神恵内 フルウ 古宇川 ポロペッ 大川 トラシ トラセ オンネナイ ラウネモイ 弁財澗 イヌンウシィ 祈石 ポンイヌンウシィ ポン祈石 ビクニルペシペ トーマル川 トーマル 当丸沼

海岸線 南から北へ時計回り

現在地松浦図*1西蝦夷日誌*2永田地名解*3アイヌ語/ローマ字表記意味備考
 チシナイチンナイチン ナイ  永田地名解には「小川を跨で行く故に名く 『チン』は脚なり 又熊皮を乾すも『チン』と云ふ」とある。 西蝦夷日誌にはチシナイの立岩の絵が載っていて chis-nay(立岩の・沢) という感じもします。 地形図見る限り神恵内と泊との境界に入江あたりなのかな。
chin-nai
脚沢
地図へ戻るポン祈石 ホンイヌルウシポン イヌン ウシポンイヌウシ少し{・漁のための仮小屋の・}ある・処どうしても漢字の読みに引きずられてしまうが「祈石 - いぬるいし」と読むのだそう。
pon-inun-ushipon-inun-us-i
魚猟の仮小屋少しある処
地図へ戻る祈石ホロエタウシイヌルウシイヌン ウシイヌウシ漁のための仮小屋の・ある・処inun は狩猟や漁のための期間一時的に設けられる小屋なんだそうです。
inun-ushiinun-us-i
魚猟の仮小屋ある処
地図へ戻るラウトマリラウネ泊ラウネ モイラウネモィ深い・入江永田地名解には「和人弁財澗と云う」とある。 入江の水深が深い様といい、入江の両岸が高い様といい、入江がググッと陸に食い込んでいる様といい、ラウネだ。 って、今一つラウネの語感が分からない。
raune-moiraune-moy
深湾
地図へ戻る ヲンネナイオンネ ナイオンネナィ大・川ここのオンネの文脈が分からない。 永田地名解には「アイヌ伝 小川なれども水流岩石に激して水声高し故に名くと 然れども声を『オンネ』と云うは疑はし」とある。 場所は旧オンネナイトンネルの南の沢を指しているのかな?
onne-naionne-nay
音川
 ライメツヘライメツプライメ  永田地名解のスペルを分解すると ray-mek-pe 死んだ・?・処。 「北海道の地名 山田秀三著 p.461 目国内川」の項で山田氏はパンケメクンナイの mek メの意味が分からないと書いている。 その mek と同じでしょうか? 永田はメクンナイのメクには「暗い」という意をあてている。
2015/10/03追記: ray-mem-pe ray-mep 死んだ{枯れた}・泉。かな。
raimek-pe
神へ供物を捧くる処
  イナヲシユマイナウ シュマイナスマ{シュマ}木幣の・岩イナウを立てて通った難所だったのでしょうね。
inau-shumainaw-suma{shuma}
木幣石
 ホロシユマイホロシユマイポロ シュマ ナイ  poro-suma{shuma}-oma-i 大きい・岩・ある・所、とも読めそうな。 問題はどんな大きい岩なのか。
poro-shuma-nai
大岩の沢
地図へ戻るトラセトラセトラセトラシ  永田地名解には「此処より『オンネ』へ行くにも古宇へ行くにも岩上を登り行くを以て名く」とある。 turasi 登る、登っている。 1/5万分地形図神恵内には竜神岬背後の段丘に「トラセ」という記載がある。
torashi
登る処
 ヘロカルシヘロカロウシヘロカルシヘロキカルシニシンを・採る・いつもする・所かつては豊漁のニシン場だったのでしょうね。
herok-kar-ushiheroki-kar-us-i
鯡漁場
地図へ戻る古宇川フルウフルウベツフレ ナイ  永田地名解には「今神恵内村と称す」とある。 古くはフルウ場所の設置されていた所。呼称は郡名と川名に残った。 フルウの由来にはフレという鳥の説と、何かが赤いという文脈をもとにしているとの、二通りあるようだ。
hure-nai
赤渓
地図へ戻る神恵内   カムィナィ神の{熊の}・沢「北海道の地名 山田秀三著 p.477 神恵内」の項には、神恵内湾右岸の長屋ノ沢の小字名カモイ沢カモイ川がカムイナイの由来ではないかとある。
kamuy-nay
 シウマイシウマイソー オマ イ  永田地名解には「小瀧あり」とある。呼称は存じないけど、横澗の道路脇に滝が落ちている所があった。
so-oma-i
瀧ある処
 フイタウシ ポロ プイ タ ウシプィタウシ蝦夷立金花の根・掘る・処puy プイというのはエゾノリュウキンカの根のことで、デンプンを採って団子にしたりしたそうです。
pon-pui-ta-ushipuy-ta-us-i
沢山に流泉花を採る処
 ホンフイタウシホンフイタウシポン プイ タ ウシポンプィタウシ少し・蝦夷立金花の根・掘る・処 
pon-pui-ta-ushipon-puy-ta-us-i
少し流泉花を採る処
 イシヤンヘシイシヤヘシエサン ペシ  永田地名解には「出張りたる崖とも称す」とある。
2015/10/03追記: e-san-pes-i 浜へ降りる・崖の・所。
esan-peshi
岬崖
 フヨマチシフヨマチシ/フイウシプイ オマ チシ  puy-oma-chis 穴・そこにある・立岩、 puy-us-i 穴・ついている・所。
puyoma-chishi
洞穴ある立岩
 ヌカンライニヌカンランニヌカン ライニ  永田地名解には「今は枯木なし」とある。
nuk-an-rai-ni
鳥卵ある枯木
地図へ戻るヲンネナイヲンネナイオンネ・ナイオンネナィ歳を取った(老いた)・川山田秀三氏の言う今は忘れられてしまった二ノ目川と赤石との間にある小さい沢。 大きい、主要なという意が当てはまらず、なぜオンネなのかが分からない。 いや、例えば o-net-un-nay オネッ・ゥン・ナイ を早口で言うとオンネナイと聞こえたりして。 川尻に・流木・多い・沢という解はないですかね。ないですね。ハイ。
onne-naionne-nay
大川
 トイシマエトイシマイトイ シュマ イ  tuy-suma-i 崩れる・岩・処、だと考え過ぎか。
toi-shuma-i
泥土質の石多き処
 ニヲモエニヲモイニオ モイニオモィ寄木・多い・湾
ni-o-moini-o-moy
寄木湾
  ホンシユマイ   pon-suma-i 小さい・石・処、かな。
 ウシヽネナイ キ ウュ ナイ  永田地名解には「今は茅無し」とある。
ki-ush-nai
茅沢
  ウルリルキウリレロクシ  ひょっとして、ur-ri-(e)-rok-i 丘が・高く・なっている・処とかそういうニュアンスじゃないのかな?
urirerokushi =uriri-e-rok-ushi
鵜止る処
地図へ戻る赤石フレチシフウレシュマフレ シュマフレチ
フレスマ
赤い・立岩
赤・石
現在は根元しか残っていないのだとか。
hure-shumahure-chis
hure-suma
赤岩
 ニキトマリニキトマリニケ トマイ  永田地名解には「松浦図『ニキトマリ』に誤る」とある。 例えば、nikor-tomari 崖と海に挟まれた泊地ってことはないのかな?
niket-oma-i
帆桁の流れ寄りたる処
 ハトヒシハトピン    
   カシュプ ニ  永田地名解には「?」とある。 kas-pu-ni 仮小屋の・倉の・木。kas-pe-ni 仮小屋の・ある・木。わからん。 西蝦夷日誌中の「カシニ」と同じだとしたら、kas-un-i 仮小屋・ある・処。
kashp-ni
杜仲(マユミ)
地図へ戻るチヤラシナイチャラセナイチャラセ ナイチャ{}セナィちゃらちゃらと流れる滝の・沢永田地名解には「一線の小瀑高崖に沿て下る」とある。 大森川と赤石との間の川なのかな。
charase-naicharse-nay
小瀧川
 ラルシナイラルシナイラルュ ナイラルナィ泳ぐ・いつもする・処永田地名解には「往時のアイヌ水中に泳りて鮑を捕りし処」とある。
rar-ush-nairar-us-nay
泳る処
地図へ戻るフミルイフミルイ ルイ  永田地名解には「大瀑あり 海上五里外より望むを得べし」とある。hum-ruy 音・激しい。
hum-rui
高音
 テシテキテレテキ   何となくテレケウシの訛りのような気もする。
  カシニ   kas-un-i 仮小屋・ある・処、と読めそう。
  ウムリイ    
  ヲヤウシオヤ ウシ 永田地名解には「海浜にて魚を網する処」とある。 「北海道の地名 山田秀三著 p.428 (渡島)小安」の項によると「o-ya-ush-i 川尻に(あるいはそこに)・網が・ある・者(川)」という同じような地名があるようだ。
o-ya-ushi
網引場
   カネ ウ トマリ 永田地名解には「『カネ』は和言なり」とある。-uk- って何の略だろ。
kane-uk-tomari
鉱石を取りし処
 ワシリヒワシリヒ   東北弁で「私走る - ワシリ」。
地図へ戻る マシナウ泊   西蝦夷日誌には「和人ホッケマと伝」とある。
  エカウシナイイカ ウュ ナイ 永田地名解には「大岩上を跳び越して行く川」とある。
2015/10/03追記: i-ika-us-nay それ・越える・いつもする・所。
ika-ush-nai
跳越する川
  タンネカハルシタンネ カパラ ウシタンネカパルシ長い・平べったい岩・ある・処 
tanne-kapara-ushitanne-kapar-us-i
長磯
  マツネ泊   matne-tomari 雌・泊?
 ウエンチユフウエンチユツフ   wen-chep 悪い・魚。wen-chiu-un-pe 悪い・狼・いる・処。なんだろう? 昔のウエンチクナイトンネルの周辺でしょうか?
地図へ戻るチカフニチカフニチカプニチカプニ鳥の・居る・処どんな鳥だろ? ミサゴとかそういうのだろうか。
chikapuni =chikap-unichikap-un-i
鳥楢
地図へ戻るヒリカキナウシヒリカキナウシピリカ キナ ウシ{}カキナウシ良い・蒲・群生する・処キナはシキナ(蒲)のキナ。キナウシ岬とキナウシ川の由来となった言葉。現在のキナウシトンネルと大森トンネルの間。 昔の南道はここで海岸線に下り、もっと以前の古道はキナウシ川右岸の沢筋から珊内川左岸の沢筋へ繋げるというルートだった様子。
pirika-kina-ushipirka-kina-us-i
美なる蒲ある処
地図へ戻るキナウシ岬カモイシレハカモイシレハ カムィシ{}パ神の・岬kamuy-sir-pa をまどろっこしく書くなら、神の・突き出している山の・頭。 「北海道の地名 山田秀三著 p.478鹿落し」の項によると、キナウシ岬の北側の断崖がそれに当たるようです。見てみたい。
kamuy-sir-pa
地図へ戻るタンネヒナイタンネヒナイタンネ ピン ナイ  「北海道の地名 山田秀三著 p.57 幌美内」の項によると、アイヌ語のピンナイは時に「pi-nay 石・沢」、時に「pin-nay pir-nay 傷・沢 えぐれたような沢」を表した言葉なのだとか。 マッカトンネルとキナウシトンネルの間のマッカトンネル側、ちょうど付加体の露頭のあるあたりの沢でしょうか?
tanne-pin-nai
長き水無し川
 フレヘツフレフシフレ ペシ  西蝦夷日誌には「フレフシ 岬」とある。永田地名解には「赤色の角石多し アイヌ?石に用う」とある。 hure-pes 赤い・下る、hure-pet 赤い・川、hure-us 赤い・入江、なんだろう。 マッカ岬の辺りだとは思いますが。
hure-pesh
赤岩
  イワチプ   iwa-chip? 山・舟? なんだろ。
 ウエントマリウエン泊ウェン トマリウェントマリ悪い・泊地何が悪いのかという文脈が分からない。
wen-tomariwen-tomari
悪泊
地図へ戻る珊内サンナイサネナイサン ナイサンナイ水の・出る・川san-nay 出ている・川。 「北海道の地名 山田秀三著 p.479 珊内」の項によれば、何が出ているのかという文脈を急流で流域面積の大きさから鉄砲水が出ることに求め、水が出る川。 珊内川の川筋は短く急峻で、鉞山、珊内岳、屏風山を水源とし浜に向かって扇形に閉じており、言わんとすることが分かる気がします。
san-naisan-nay
流れ下る川
  エナヲ岬   ここも inaw 岬。 漁港のある崎かな?
   カヤネ チシ  kaya-ne-chis 帆・のようである・立岩。
kayane-chishi
帆形になりたる立岩
 ポンイカウシポンイカウシポン イカ ウシ   
pon-ika-ushi
小迂回する処
 ホロイカウシイカウシポロ イカ ウシ  ika-us-i 越える・いつもする・所。
poro-ika-ushi
大迂回する処
 ホロシヨシケホロシヨシケポロ ソュケ  永田地名解には「アイヌ云 此崖十年又は二十年毎に大に剥落すと」とある。
poro-soshuke
大崩
 ホンシヨシケホンシヨシケポン ソュケ  永田地名解は soske (剥げている)と解したのか。
pon-soshuke
小崩
地図へ戻るウシヨロウシヨロオショロウソ入江・の内 
oshiorous-or
地図へ戻る能蘭山ノロランモロランノロ ラン  mo-ruran 小さい・坂道。 no-ru-ran 熊の足跡の坂。 永田地名解には「十年前は冬雪の際山中の鹿寒を避け此の絶壁に出て堕ちて死する者甚だ多く 熊来て之を食い『アイヌ』も亦来て鹿を拾い取りしと云う」とある。 積丹半島の鹿は深雪避けて海岸線や川筋で越冬するので滑落するおっちょこちょいがたまに居る。
noro-ran
鹿の下る処
地図へ戻るヲネナイヲンネナイヲンネナイオンネ ナイオンネナィ大きい(年取った)・川永田地名解には「アイヌ伝 音声ある川の義 此川滝となりて崖下に落つ故に名づくと 然れども『オンネナイ』は老川即ち大川の意なれども暫く『アイヌ』の説に従う」とある。 オンネがどんな文脈から出てきたのかが分からない。 見た目になってしまいますが、河口の滝と曲がっている様が腰が曲がった御老体を想起させるとか、違うか。
onne-naionne-nay
音川
 ウカウフウカウプウカウ  (u-ka-u)-p 重なり合う・処。 何が重なり合っているのかという文脈が「岩」だとすると、波打っている流紋岩の岩場の形状を指しているのかな?
ukaup
岩石多き処
地図へ戻る川白カハシラカハルシカパラ シララカパシラ平べったい・岩緑色のデイサイト流紋岩が波を打っているかのような平磯帯。
kapara-shirarakapar-sirar
薄磯
地図へ戻るルウクシナイルウクシナイルー クュ ナイルクナィ道が・通っている・沢この沢伝いに上に登り海岸線の難所を迂回して北へ越えるルートがあったと。
ru-kush-nairu-kus-nay
路を流通する川
地図へ戻るカモイヘカシカモイヘカシカムイ イカ ウシ  永田地名解は「『シシヤモナイ』に『ウエグル』即ちを献せしに神知らずして之を食い此処に来り給いて嘔吐したりしが嘔吐物化して岩石となりしと云う小説あり」と書いている。 嘔吐物の岩が何を指しているのか気になりますが、ノットからは窓岩と西の河原越しに神威岩と神威岬が遠望できて、思わず神々しいという表現したくなります。 イナオサキの柱状節理の様が嘔吐物を指しているなんてことはありませんよね?
2015/10/03追記: kamuy-ika-us-i 熊が・越える・いつもする・所。獣道?
kamui-ika-ushi
神の越す処
地図へ戻るノットノツトノツトノットノッ 
nottonot
地図へ戻る安内 アンネナイアネ ナイ  安内小学校跡地の周辺なのでしょうけど、どの沢なのかな。
2015/10/03追記: ノットとオブカル石の間で ane-nay(細くある・沢)に当てはまりそうな川はノット川以外ないような。
ane-nai
細川
 チマウルウシユシ    この辺の並びがよくわからない。
  ヘロカ泊   この辺の並びがよくわからない。 ヘロカ泊のヘロカは heroki-kar ヘロキ・カ(ニシンを・とる)なのでしょうね。
2015/10/03追記: オブカル石川の河口正面の平岩に澗がある。
地図へ戻るオブカル石ヲフカルウシヲフカルシ カルシカルシ槍を・作る・いつもする・所永田地名解には「往時腕力武き酋長ありてアイヌ等の槍の長さ三尺?以上を用いるを禁じたる処なりと云う」とある。 あくまでも想像ですが、オブカル石川の河口付近から見上げる大天狗山の姿が槍を想起させるような気もします。
op-kar-ushiop-kar-us-i
槍を作る処
二ッ石二ツソリ二ツソリ   窓岩の西にちょこんと二つ顔を出している岩。
地図へ戻るイナヲサキ    おそらくは inaw - 崎でイナウと岬のアイヌ語和語のちゃんぽん。かつてはイナウを立て祈り通った所だったのでしょうね。 ここは柱状節理が発達していてすごい。
地図へ戻るシシヤモナイシユサモナイシ シャモ ナイシサモナィ日本の・人の・居る・沢シシャモナイ滝のある川。 永田地名解には「此処に岩穴あり悪夷棲息し人肉を食いし処なりとアイヌ云う。けだし日本人死したる沢と云う義なるべしと云う」とある。
shisham-o-naisi-sam-o-nay
日本人の沢
地図へ戻る西の河原オツチシオッチシカムイ ミンダラオチ山尻の・立岩o-chis は西の河原の陸繋島の立岩地形を表し、kamuy-mintar(神の・遊ぶ庭)はそこがどういう処なのかという文脈を表している。
kamui-mindarao-chis
神庭
地図へ戻るチフカイ/チフカイモシリチフカイ/チフカイモシリチピカルシカリモシ船を・回す・島大天狗トンネルと西の河原トンネルの間にある入江と、モシは入江に浮かんでいる岩礁のことだと思う。 西蝦夷日誌の絵には「米田ヤアト」という表記がある。 また、「北海道の地名(山田秀三著) p.189」によると、chip-e-kari-us-i 舟を・そこで・回し・つけている・処。 ここから尾根越えし尾根内川乗り越して雨鱒沢というルートを使っていたのかな?
chipikar-ush-ichip-kari-mosir
舟を陸揚げして越す処
  エモエン泊   幌武意-茶津間の海岸線にあるセモウントマリに似ている。 he-mesh-wen-tomari 上がるには都合の悪い泊地というニュアンスあるのかもしれませんね。外しているかもしれませんが。
  オハシユマエト/オハシユマナイ   o-has-oma-etu 山尻に・潅木の・ある・岬。o-has-oma-nay 川尻に・潅木の・ある・沢。
地図へ戻るポントマリ    pon-tomari 小さい・泊地。 西蝦夷日誌の絵にはここの東隣がトツコチハトイで西の崎にオハシユマエト、オハシユマナイが載っている。
地図へ戻るヲハシユマイウハシユマイウパショマイ  o-has-oma-i オハソマィ(オハショマィ) 山尻に・潅木・ある・処。じゃないのかな? それとも永田地名解にある「此処ノ積雪千古解るるなし故に名づくと云」というのは、沼前岬とジンボー沢との間にある岩場あたりの表土が落ちて白い地層が露になっている状態を雪と表現したのかな? 潅木なら沢の河口付近という気もする。
2015/10/03追記: 「アイヌ語地名小辞典 p.72」の「upas-o-moy 雪が・そこに溜まっている・入江」を参考にすれば、upas-oma-i ウパソマイ 雪が・そこにある・ところ。どこだ。あの入江は柱状節理が発達しているすごい岩崖だから春先は雪解け早い。どこだろう?
upashomai =upash-oma-i
雪ある処
地図へ戻る ポンノナヲマイポンノナオマイポンノナマィウニ・ある・処
pon-nona-oma-ipon-nona-oma-i
海栗ある処
  トツコチハトイ   tok-chipa-toy トクコ・チパ・トイ 延びている・幣場の・土。なんか変だ。 tok-chi-e-toy トクコ・チ・エ・トイ 延びている・我ら・食す・土。うーん。
2015/10/03追記: tok-ko-chipa-tuy-i 凸起物・に対して・幣場・崩れる・所、でもないか。 tok-ko-chipa-toy-i 凸起物・に向かって・幣場の・土・所、では文法的に通用するのだろうか。 どうしてもあの辺りの地形に左右され幣場があったはずだという固定観念に捉われてしまい、もうわけわからん。

川筋 - 古宇川、珊内川

川名松浦図*1西蝦夷日誌*2永田地名解*3アイヌ語/ローマ字表記意味備考
古宇川筋/フレナイ川筋 地図へ戻るホロヘツホロベツポロ ペッポロペッ大きい・川永田地名解には「村人此の川水を汲み飲料に供す 秋日鮭魚多く上がる」とある。 東西蝦夷山川地理取調図では右股の支流を指しているかのように見えるのですが、本流大川のことみたい。 なお、鉱山は小川の上流にあったみたい。
poro-petporo-pet
大川
地図へ戻るトウヲマルトヽヲマルトン マルトーマル沼に・入る・道永田地名解には「古平郡より山越すれば此処に出つ」とある。 昔からトーマル川筋は古平川支流ルクナイ(六志内)へ抜ける峠ルートだったらしい。
tonmaruto-oma-ru
沼より下る川
ハンケヘツハンゲヘツパンケ ペッパンケペッ下流側の・川
panke-petpanke-pet
下川
地図へ戻るトハヲマイトハ オマイ  to-oma-i トーマィ 沼・ある・処。当丸沼のことじゃないのかな?
toha-oma-i
萩ある処?
トケレヲマヘツトケシヲマトケレ オマ  tu-ke-re-oma 二つ・になる・を持っている・場所。二股? to-ke-re-oma 池・になる・を持っている・場所。湿地? よく川が氾濫する場所とか、そういうニュアンスかな?
tokere-oma
ホロハツタラナイホロハツタラポロ ハッタラポロハッタ大きな・淵松浦図の方は poro-hattar-nay 大きな・淵の・川、かな。
poro-hattaraporo-hattar
大淵
地図へ戻るヒクニルヘシヘビクニ岳 ビクニルペビクニへ・道が・下っている・もの美国の語源やビクニ岳がどの山を指すのかは置いといて、美国側への山越えルートがあったのでしょうね。 支流の滝ノ沢川なのかな? 三角点無沢の尾根沢縦走するとしたら、ちょっと微妙。 本流から本流という気もするが遠いなあ。
bikuni-ru-pes-pe
ヤータイウンナイヤータイウシナイヤ タイ ウュ ナイ  永田地名解には「引網にて鱒を捕る沢」とある。 ya-ta-i 網で・捕る・ところと解したのか。
ya-tai-ush-nai
引縄の沢
シフシフウシ  ウシ  木賊というのはトクサ(砥草)のことなのだそうです。sipsip-us-i トクサ・群生する・処。 また、「アイヌ植物誌 福岡イト子著 p.150 トクサ」の項によると、別名イシルキナ (それ・こする・草) 歯ブラシとして使ったり、タワシとして利用したり、ときにサンドペーパーとして利用されたのだそうです。
shipship-ushi
木賊多き処
アシクフイフシ    asir-kut-puy-us-i 新しい・崖の・穴・沢山ある・ところ、では無理があるかな。なんだろうなあ。
カムイウシナイカムイウシカムイナイ  熊が多く棲息している沢というニュアンスかな。 永田地名解には「神恵内村の原名」とある。 山田秀三氏は長屋ノ沢からその解を出している。
kamui-nai
神沢
フシコフイウシ ュコ プイ ウシ  husko-puy-us-i 古い(年月の経っている)・穴・ある・処。 古い・蝦夷のリュウセンカ・群生する・処。植物が古いというニュアンスは変なので、やっぱり穴の方かな?
hushuko-pui-ushi
?と流泉花多き処
イヌンウシ  イヌウシ狩猟のための仮小屋・ある・処inun は狩猟や漁のための仮小屋。
inun-us-i
地図へ戻る珊内川筋 ルクウシナイルウクシナイ ルクナィ道が・通っている・沢これもよく分からない。フルフ大概之図を見る限り右股のように見えます。 となれば、フルウ川支流へ繋ぐようなルートだったのかな。 ただ、ずいぶん下流側になりますが、珊内川左岸のキナウシへ抜ける古道の沢筋ということではないのかな?
ru-kus-nay
サカツキナイ サカツキ ナイ  和語。どの沢筋なのか分からない。鉱山のあった沢は鉞山の南西の裾野を通っている現在の滝ノ沢上流。 でも、カジ山の沢という気もする。
sakatuki-nai
鉱石の沢
地図へ戻るクンネソウクンネソウクンネ ソークンネソー黒い・滝こちらが鉞山の南西の裾野を通っている現在の滝ノ沢なのかな? クロタキって、黒いナメ床の滝とか黒い岩を流れ落ちているから黒いとかそういうことなのだろうか?
kunne-sokunne-so
黒瀧
地図へ戻る  ヤニ チシ  永田地名解には「『サンナイ』の名山と称す」とある。 珊内川は鉞山、珊内岳、屏風山を源としていますが、とくに河口から望む鉞山はカッコいいと思う。 yan-i-chis? ya-un-i-chis ya-un-chis 陸の方・の・立岩?
yani-chishi
小長の高山

泊村

[地図画像]泊村 ポンモイワ モイワ 弁天島 オキウシナイ 興志内 サカツキ 盃 カパルシヤ シリクシナイ カムイシリパ 兜岬 テレケウシィ 照岸 ニトトマリ 糸泊 モイレトマリ 泊 アルトル 有戸岬 ウスペッ 臼別 ルペシナイ カヤノマ 茅沼 シムプイ 渋井 チャシコッ チャシナイ 茶津 ホリカプ 堀株 シリブカ

海岸線 南から北へ時計回り

現在地松浦図*1西蝦夷日誌*2永田地名解*3アイヌ語/ローマ字表記意味備考
地図へ戻る堀株川シリフカシリブカ/シルンカシルムカ ペト  昔の堀株川河口の川筋が現在の泊村と共和町との境界になっている。永田地名解には「和人『シリブカ』と訛る」とある。 また、「北海道の地名 山田秀三著 p.471 堀株」の項には、「shir-um-ka-pet 山の・後部・の上(からの)・川 とでも呼んだのだろうか。ずいぶん難しい解である。」とある。
shir-umka-pet =shiri-um-ka-pet
山陰の上より来る川
 ムエヲホンケシ     
地図へ戻る堀株ホリカフエトホリカプ(エト)ホリカ{}カ後戻りする・川(の・岬)永田地名解には「『シルムカ』川河口の名なり 天龍川口の如く海潮の?めに逆流して河口丁字をなせり即今堀株村の原名」とある。 「北海道の地名 山田秀三著 p.471堀株」の項によると、ホリカプは昔の堀株川河口の川筋が後戻りしているかのような様が由来になのだそうです。 松浦図や西蝦夷日誌のエトは河口そばにある崎を指しているのかな。
2015/10/03追記: ここでいう後戻りの意は、海から山へ向かっている生き物としての川が、あたかも海側へ向かっているような川筋のこと。
horika-phorka-p
逆流の処
 ヲタエンルン    ota-enrum 砂の・岬。?
 エサンヘシエサヲヘシ   西蝦夷日誌にはチャツへ下るとある。 e-san-pe-us-i 頭が・浜の方へ出ている・もの・ある・処。意味分からん。
2015/10/03追記: e-san-pes-i 浜への降り口が(水際の)崖になっている所。
 エナナシユマエナヲシユマイナウ シュマイナスマ{シュマ}木幣の・岩
inau-shumainaw-suma{shuma}
木幣石
 コンフウシトマリコンフウシ泊プ ウュ トマリトマリ昆布・群生する・トマリ
komp-ush-tomarikompu-us-tomari
昆布多き泊
  ユウツコトマリ    
 ヘロカロウシヒロカロウシヘロカルシヘロキカルシニシンを・採る・いつもする・処松浦図ではヘロカロウシ - コンフウシトマリ - シヤシナイという並びになっている。 西蝦夷日誌の並びに合わせた。
herok-kar-ushiheroki-kar-us-i
鯡場
地図へ戻る茶津チヤシナイチヤツナイチャシ コッチャナィ砦の・沢永田地名解には「岩岬上なる野原なり」とある。chasi-kot (砦・跡)。 西蝦夷日誌には「チヤツエト」とあるので、渋井川と茶津川の間の崎上に砦があったのかな。
chashi-kotchasi-nay
砦柵
地図へ戻る渋井 シブイシン プイ  永田地名解には「湾内に涌泉ありて井戸となしたる処」とある。 「北海道の地名 山田秀三著 p.474 渋井」の項には、「知里博士はシンプイを sum-puy (水?・穴) と書いた」、また「渋井川の端に湧水があった」とある。
shin-pui
井泉
   チャラセ ナイチャ{}セ・ナィちゃらちゃらと流れる滝の・沢西蝦夷日誌にはチヤラセナイエンルンという呼称もあって、それは charse-nai-enrum チャセ・ナイ・エンル ちゃらちゃら流れる滝の・岬、なのではないかと。文法的にどうなのかとか、実際滝の岬があるのかは存じませんが。
charase-naicharse-nay
小瀧
  ホンイカウシ   「北海道の地名 山田秀三著 p.100 伊香牛」の項を参考にすれば、pon-ika-us-i 小さい・越え・つけている・処、という感じでしょうか。
2015/10/03追記: pon-ika-us-i 小さい・{越える・いつもしている}・所。
  ホロチヤラセナイポロ チャラセ ナイポロチャ{}セナィ大きい・ちゃらちゃらと流れる滝の・沢永田地名解には「名は大瀑なれども其?は散瀑にして細小なり」とある。 滝の澗という地名の由来はチャラセナイなのかな?
poro-charase-naiporo-charse-nay
大瀧川
 シラリトマリシラツコトマリシララ トマリ  sirar-tomari シラ・トマリ。永田地名解には「松浦図シラツコトマリに訛る」とある。
shirara-tomari
岩・泊
茅沼地図へ戻るカヤノマカヤノマ カヤノカマィ帆の・形の・ある・処ひょっとするとアイヌ語ではないのかもしれません。 「北海道の地名 山田秀三著 p.474 茅沼」の項には「日本語の茅の澗ぐらいの名らしいが…」とあって、判別つかず。 そもそも永田地名解にはこの項が載っていないので、彼は日本語だとして取り上げなかったのかもしれません。 ただ、東西蝦夷山川地理取調図には茅沼川(玉川)の川筋が載っている。
kaya-noka-oma-i
カヤノマ川筋欄始まり
カヤノマ川筋/玉川松浦図*1アイヌ語/ローマ字表記意味備考
ホンカヤノマポンカヤノカマィ小さい・帆の・形の・ある・処茅の澗という和語にポンが接頭されたということなのかな。
pon-kaya-noka-oma-i
地図へ戻るルヘシナイルペナィ道が・下る・沢地形図には玉川上流に岩平峠という地名が載っているので、玉川上流から古平川上流へ尾根乗っ越すルートを使っていた時代があったのかもしれませんね。
ru-pes-nay
カヤノマ川筋欄終り
  アンネエトアネ エドアネエト細い・岬西蝦夷日誌には「尖岬の義」とある。アメリカソリの辺りなのでしょうか? いやいやいや、アメリカソリってどういう意味?
ane-etuane-etu
細岬
  エカウシエト   e-kus-us-etu そこの・向こう側に・ある・岬、エ・ク・ウ・エトゥ を早口で言うと、それっぽくならないかな。
2015/10/03追記: i-ika-us-i-etu それ・越える・いつもする・所の・岬。
  ホンベウシ   pon-pet-us-i 小さい・川の・ある・処。他に思い付かない。 臼別川のことのような気がする。
地図へ戻る臼別ウスヘツウスベツュ ペッウスペッ入江の・川永田地名解には「アイヌ云う『モイペッ』に同じ」とある。 また「北海道の地名 山田秀三著 p.447 臼別川」の項によれば、「茅沼にも臼別川があり、どっちも入江に注いでいる。 まずは、us-pet(入江・川)説を採りたい。」とあるので、それに習う。 川は丸山(208.5m)の南側の小さな沢かな。川名は分からない。
ush-petus-pet
湾川
 シヲモエシオモイ岬シュマ オイ  アルトル周辺だと思うのですが、ひょっとして以前は有戸岬はシオモイ岬とも呼ばれていたのかな? suma-moy 石の・湾。
shuma-o-i
岩の処
地図へ戻る有戸岬アルトアルトアルトルアルト向こう側の・土地永田地名解には「古宇岩内二郡の境」とある。 昔の郡境は岩内領と古宇領との境の名残り。 大抵アルトルと呼称されるところは景色がいいはず。
aruturuar-utor
一竿の間
地図へ戻るムイヌトマリ モイレ トマリ  「北海道の地名 山田秀三著 p.475 泊」の項によると、モヘル川(旧泊川)河口付近の有戸岬北側の入江だそうです。 また、「moyre-tomari 静かな・泊地 と訳したい」ともあります。
moire-tomari
緩潮の泊
  アフシユチシケシュマ   西蝦夷日誌に出てくるこの辺りの位置がよくわからない。
  アシユフシュマ    
  ウラシカウシナイ    
地図へ戻る糸泊 ニトトマリニド トマリニトトマリ寄木・多くある・泊地ニトがイトに訛って糸泊なのかな?
nitu-tomarinet-o-tomari
寄木泊
地図へ戻る照岸 テレケウシ泊テレケ ウシ{}ケウシ(岩から岩へ)跳ねる・いつもする・処永田地名解には「一名メノコパシリ」とある。
tereke-ushiterke-us-i
飛び越える処
  エノコワシリメノコ パシリ  和語。東北弁「ワシリ」。
menoko-pashiri
婦女走る処
  シユチエ泊    
  ホネナイ    
  カマサウタ   kama-sam-ut-a 平岩の・側に・肋骨・多くある、では文法メチャクチャか。 kama-ya-us が訛ったものでもなさそうだし分からん。
  立待ピイカ ウシ  永田地名解には「アイヌ此の岩石上に立ち鮭の来るを待ちて之を突き捕る処」とある。 piwka-us-i ピカウシ 石原・(広く)ある・ところ。という気もする。
piika-ushi
立待(岬)
  セムイ泊ヘモイ トマリ  永田地名解には「『ヘモイ』は鱒の一種、背骨高し、此魚多く湾内に入りしあり故に名く」とある。 ヘモイってなんだろ?
hemoi-tomari
鱒泊
地図へ戻る兜岬カフトカムイシレハカムイ シレパカムィシ{}パ神の・岬海底火山のマグマが水冷され破砕した火砕岩とその供給源だった火道跡が岩脈となって残っている神々しい岩崖。
kamui-shirepakamuy-sir-pa
神崎
地図へ戻る シリクシナイシリ クシ{}ルク・ナィ山の・道が・通っている・沢外しているかもしれない。 結構ワシリが出てくるので、兜岬を避けて兜山を乗り越す道があっても不思議ではないと思うのですが。
shiri-kushisir-ru-kus-nay
岩下の路
地図へ戻る カハルシヤカパルシヤカパルシヤ平磯の・ある・岸永田地名解には「『カパルウシュイワ』の急言なりと云」とある。
kapar-ushiyakapar-us-ya
暗礁
地図へ戻るサカツキサカツキサカツキ  和語。永田地名解には「盃村と称す」とある。
sakatuki
鉱石
  ヲイウネヘツオイチャニ・ペッ  o-ichan-i-pet 川尻の・鮭鱒の産卵するその場所・川。
oichani-pet
鱒の産卵する川尻
  チエチマノヘツ    
  ヲソシナイオ ソ ウュ ナイオソウナィ川尻に・滝が・ある・川塩越川と盃川の間の沢かな?
o-so-ush-naio-so-us-nay
川尻の瀧
地図へ戻る興志内ヲキシナイヲキウシナイオ キ ウュ ナイ  塩越川の辺りなのかな? ki は茅葦類。
o-ki-ush-nai
川尻に茅多き川
  カヨノット   kaye-o-not 波・多い・岬? わからん。
  ユオトマリユオ トマリ  永田地名解には「岩間より温泉涌出し小温あり 然れども潮来れば海に没す」とある。
yu-o-tomari
温泉の澗
  セヨノットセイ オノッ  sey-o-not 貝殻・多い・岬。
sei-o-not
淡?貝の寄る岬
   イオロ エド  永田氏は下の項西蝦夷日誌の表記エヌロシを考え過ぎたのだと。そんな気がする。
ioro-etu
海岬
  エヌロシ   inun-us-i イヌ・ウシ 漁のための仮小屋・ある・ところ。という気がする。
地図へ戻る弁天島モユワモユワモ イワモイワ小さい・山盃の入江に浮かぶ方角によっては円錐形に見える岩体。
mo-iwamo-iwa
小き岩山
地図へ戻るホンモユワホンモユワポン モイワ   
pon-mo-iwa
最小の岩山

その他

ジュウボウ岬
和語かな。十の望?
ヤエダウス
古宇川下流の橋の呼称。
アメリカソリ
不思議っす。
モヘル川
モイレ -> モエレ -> モヘル

参考ページ:
*1) 松浦図: 東西蝦夷山川地理取調図 松浦武四郎 国立国会図書館デジタル化資料
*2) 西蝦夷日誌: 多気志楼版 近代デジタルライブラリー
*3) 永田地名解: 北海道蝦夷語地名解 永田方正著 近代デジタルライブラリー
uri *a) 北海道立図書館 - 北方資料デジタルライブラリー
  • 河野常吉資料 野帳
  • 北海測量舎 1/5万分地形図
参考図書:
北海道の地名 山田秀三著 復刻版 草風館
アイヌ植物誌 福岡イト子著 草風館
アイヌ語入門 知里真志保著 復刻版 北海道出版企画センター
地名アイヌ語小辞典 知里真志保著 復刻版 北海道出版企画センター

$Id: AynuPlaceNames_FURuU.html,v 1.2 2016/06/09 08:12:16 irikagi Exp $
更新履歴:
2016/06/09: スマホに対応させた。が、とても読みにくい。
2015/10/03: ファイル名変更。表記をアイヌ語入門に合わせ手直し。地図修正。修正前のファイル
2013/12/07: リンク修正。参考ページ追加。
2013/11/30: 作成。川筋となるとさっぱり。地図は厳密なものではありません。